○月×日
 私たちの元へ、二人の天使が舞い降りた。男の子と女の子の可愛らしい双子。名前はオリヴィエとブランシュとする。あの人もそれはとても喜んでくれた。これから私は愛しい人と、二人の天使に囲まれて過ごす。ああ、なんて素晴らしい生活だろう。

○月×日
 産褥が長引いた。微熱があるので、日がな一日ベッドに横になり、窓の外を見て過ごす。オリヴィエとブランシュはオーレリー義姉様が面倒を見てくれている。あの人は仕事が忙しいらしく、あまり面会に来てくれない。でも、面会に来てくれるときはいつも豪華な花束を持ってきて、溢れんばかりの愛情を示してくれる。その時を大人しく待つ。

○月×日
 久々に外気に触れると、心と身体が喜びで潤み出すのが分かった。あの人と共に木陰に座り、眠り込む小さな双子を見る。柔らかそうな金色の髪。ばら色の頬。小さな手足。そのどれもが愛おしい。それなのに、使用人が私たちの間に割り込んできたせいで、気分が悪くなってきた。その女は昼食を持ってきたなどと言いながら、帰り際、私を見て薄く笑った。嫌な笑い方だった。あの人は食欲が湧かない私を尻目に、使用人が作った昼食をおいしそうに食べている。

○月×日
 この間の使用人の姿が見えない。オーレリー義姉さんに尋ねても言葉を濁すばかりで教えてくれない。あの人に尋ねたら、怒られてしまった。仕事が忙しいときにどうでもいいことを尋ねたからだろう。

○月×日

 あの女が妊娠している! あの人との子どもを身ごもったと、使用人たちが話しているのを聞いてしまった。ああ、ああ、ああ。オリヴィエ、ブランシュ。おまえたちのお父様は、あの女の子どものお父様にもなる。こんな恐ろしいことがあろうか。ああ、あの人は私を愛していると言ったのに! あの人の心臓を食べて、一つになってしまえたなら、どんなに楽か。

○月×日
 あの人は今日もどこかへ行っている。昼間、オリヴィエに「お父様はどこへ行ったの?」と尋ねられて、思わず頬を叩いてしまった。あの子は何も悪くないのに、私は最低な母親だ。泣き出した私の頭を、ブランシュが撫でてくれた。神経が細やかな、なんて優しい子だろう。名前の如く、無垢な少女だ。私が無くしたものを、彼女は持っている。

○月×日
 オリヴィエを抱くと、発疹が出るようになってしまった。彼の一挙手一投足にも、私の神経はびりびりと震える。手が出る。声が出る。私を見上げるオリヴィエの怯えた目が、私に問い掛ける。なぜ、と。なぜなら、おまえが幼くとも男だからだ。いずれあの人のように女の尻ばかりを追いかけるようになるからだ。

○月×日
 あの人は朝方に帰ってきては、気紛れに私を求めた。女の香水の匂いや、様々な匂いを纏わせながら、黒に染まった美しい指――娘のころの私が焦がれた指――を私の素肌に滑らせる。そうして、愛しているのはおまえだけだと囁く。嘘だ。そう言ってまた、別の女のところへ行くのだろう。あの人が憎い。死んでしまえばいい。ああ、それなのに、私の身体は水を得た魚のように浅い夜を泳ぐ。

○月×日
 ブランシュが火傷を負った。火遊びを覚えたオリヴィエが、ブランシュの首に煙草の火を押し付けたらしい。幸い、大事には至らなかったが、私の心は深く傷付いた。ブランシュは熱を出し、寝込んでしまった。家にいないことの方が多くなったあの人も慌てて帰ってきて、二人でずっとブランシュに付き添っていた。あの人はこの上なく優しくブランシュに接し、厳しくオリヴィエを叱った。オリヴィエはそれは鋭い目であの人を睨んだ。私は手を上げた。そんな目でお父様を見るなんて。それでもオリヴィエの目は野犬のように荒んでいた。悪魔のような子だ。私は天使と共に悪魔まで産み落としてしまった。

○月×日
 夏が深くなり、オーレリー義姉さんは双子に水浴びをさせると言って湖へ行ってしまった。クレマン先生が塞ぎ込みがちな私に、気分転換に外へ行ってはどうかと提案した。私は気分が乗らなかったが、暑いのも事実だったので、オーレリー義姉さんたちを追いかけることにした。森は涼しく、小鳥の鳴き声も木漏れ日も心地よかった。双子たちのはしゃぐ声が湖から聞こえて、私は近付いていった。双子は裸になり、お互いに水をかけ合って遊んでいた。その時だ。何か素早く動く動物が、双子に襲いかかっていったのは。ああ、何ということだろう! 視界が赤く染まる。罪の色へ染まっていく。

○月×日
 しばらくの間、日記を書けるような状態ではなかったが、クレマン先生が記憶を整理するために書いてみてはどうかと提案したので、再び書くことにする。あの日、あの呪われた日、湖に滲んだ血は誰の血なのだろう? それすら思い出せない。私の一人娘、ブランシュは無傷だ。時々、私たちは面会を許される。相変わらず天使のように美しい少女。かつての私。あの日から私の記憶は曖昧になっているが、あの人が死んだことは事実として受け入れられるようになってきた。真夜中、野犬に襲われて死んだのだ。女の元から帰ってきた矢先のことだった。野犬は一体、どこから入り込んだのだろう? 敷地内の戸締まりは使用人がきちんと見回って確認しているはずだし、あの人だって鍵を持ち歩いていたのに。そう、いつも首から提げていた。とにかく、あの人は死んだ。私の心は……軽い。

○月×日
 前の日記を読み返していると、オリヴィエと言う名前が出てくる。どうやらオリヴィエとブランシュは双子のようだ。しかし、今の私にはオリヴィエの記憶がない。どんな姿だったのか、どんな性格だったのか。あの日、双子は湖で水浴びをしていた。そこへ……ああ、暗闇がなだれ込んでくる。湖に滲む赤い血。叫び声。あのとき、オリヴィエは死んでしまったのではないだろうか。クレマン先生に、オリヴィエに会わせて欲しいと言ってみた。クレマン先生は難しい顔をして、それはできません、と言った。死んでしまったのでしょう、と問うと、目を閉じて辛そうに頷いた。かつて私が悪魔と称した子どもは死んでいた。憎いあの人も死んだ。私の元には天使が残された。ああ、何も心配することはない。私は幸せだ。ブランシュと共に生きていく。私もまた白く生まれ変わる。でもどうしてだろう。心が波打って、ゆるゆると引きずり込まれてしまいそう。ブランシュの、湖を写したような瞳に。



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