ミスター・サイレントに寄せて


優しい夢に殺された朝
生まれ落ちたときのように泣いていた
世界は碧く澄み切って
きらきらとした過去を浮き上がらせていた
窓の外には初夏のばら
桑の実のなる木陰
開いたばかりの睡蓮
懐かしいのに新しい
あの日から確実に
季節は巡っていた

音も無く
着々と
終わりに向かって歩いてた
いつかさよならと
言わなきゃいけない
忘れたふりして振舞った
一滴の憂いが
毒みたいに
君をかがやかせていた
見つめ合って微笑んだ
疑うことを知らない
白くて透明なひと
君の場所だけが明るくて
目を奪われてしまった

夏の窓
くちなしの香りが漂う
眩暈と息苦しさで
ふわりふわりとまどろむ身体
もう戻れないことに泣いた
何も知らないころには
全てに絶望していたあのころには
最大の悲観は
あのひとに出逢ってしまったこと
導かれるみたいに
目と目が合った
この日のために今までの涙があったと
すぐに分かってしまった
眩しくて哀しくて
どれだけ淋しかったのかと
抱き締められたみたいに
世界が廻った
綿密に組み込まれた
神さまのいたずら

何も期待していない
絶望を感じてる
これから何があったって
何も変わることはないだろう
花は枯れるし陽は沈む
通り過ぎるばかりで
人なんてみんな素っ気ない
誰も存在を肯定してくれない
でも生きなきゃ
たったひとりで歩いてゆける
静かな出逢いが訪れるまで
そう確信していた


2008/07/06



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